兵庫県立美術館で開催されている「集めた!日本の前衛―山村徳太郎の眼 山村コレクション展」の関連イベント「山村コレクション展記念講演会『山村コレクションは美術館に何を問いかけるか』」を聴講してきました。講師は、鳥取県立博物館副館長の尾﨑信一郎氏です。ミュージアムホールを利用した講演会で、照明を少し落とした会場でスライドを使いながら行われました。講演時間は予定より少し延びて約100分と十分な内容でした。
当初は、展覧会の内容の解説的な講演会かと思っていましたが、講演タイトル通りの内容でした。講演の前半は、「山村コレクションと私」という内容で、生前の山村徳太郎氏と一緒にコレクションの再制作にも関わっていた尾崎氏による山村コレクションに関するお話でした。
後半は、「山村コレクションは美術館に何を問いかけるか」という内容でした。特に印象的だったのが、山村コレクションは日本の戦後美術を体系化している貴重なコレクションでもあるという指摘でした。こうした優れたコレクションを欠けることなく一括して収蔵しているということは、兵庫県立美術館にとっても誇るべきことなんだと改めて思い知らされました。
公立美術館にとって、どのような内容のコレクションを所蔵しているかがその美術館の存在価値を決めることになります。既に評価の定まった著名な国内外の作家の作品をコレクションに加えることで、話題を集め来館者を増やすことも一つの手ではありますが、こうした財力に頼った美術収集は公立美術館にとっては難しいことでしょう。
一方で、山村コレクションのような戦後美術を体系的に収集したコレクションを所蔵していることは、学術的な観点から見ると非常に価値のあることになります。ただ、そうした学術的な価値を一般の人々に理解してもらうことは難しいかもしれません。特に具体美術のような抽象的な作品の場合、より一層難しいところがあります。
多くの美術ファンに来館してもらうためには、作品を観ることで何らかの感動が生まれるような作品を所蔵している必要があります。そうした感動が伴わなければ、決して口コミで広がることもないでしょう。そうならば、絵画の背景にあるストーリーを深く知ってもらうことで、改めて絵画の価値に気づいてもらうこともできるかもしれません。そうした意味では、コレクションに関する美術館の広報活動は決して疎かにしてはいけない部分なのでしょう。
さらに、講演では再制作作品の正当性についても話されていました。確かに、そのまま保存することが困難な、可塑的な作品やインスタレーションのような作品の場合、本人が不在のまま再制作された場合、それを正当な作品として認めることができるのかという問題があるでしょう。作家が存命の間はまだしも、死去してしまった場合で制作過程が不明の場合は、その再制作された作品の正当性に疑問が生じてしまいます。こうした課題が現代美術にはつきまとっているんですね。いろいろと考えさせられる内容の講演でした。