【感想】「李 暁剛展 -存在のむこう側-」(植野記念美術館、2019/9/7~10/20)レビュー

植野記念美術館で開催されている「李 暁剛展 -存在のむこう側-」(会期:2019年9月7日~10月20日)に行ってきました。植野記念美術館では、その設立の契機となる植野藤次郎コレクションの関係から中国美術関連の展示が多くありますが、中国系の作品を見る機会は意外と少ないので貴重な展覧会でもありました。

 

今回は、北京生まれの李暁剛(リ・シャオガン、1958-)の作品が展示されています。彼が学んだ北京解放軍芸術大学絵画科では、ロシアのアカデミックな美術教育に基づく「社会主義リアリズム」と徹底的な写実表現に重点が置かれており、自己の内面表現や個性が評価されない傾向にあったと言います。

 

一方、李暁剛は日本の画壇でも活躍されており、小磯良平展で入選を果たし、日展では審査員も務めておられます。日本で学んだテンペラ画の作品も多く、今回の展示作品にも幾つかありました。通常の油彩画では、顔料と油を混ぜ合わせた絵の具を使いますが、一般的なテンペラ画では、顔料と卵黄を混ぜ合わせた絵の具を使用します。

 

今回の展覧会では、油彩とテンペラの両方を使った混合技法やカゼインテンペラを使った作品もあります。カゼインテンペラというのは、卵黄の代わりにカゼイン(牛乳やチーズなどに含まれるリンタンパクの一種)を使用しています。

 

今回の展覧会の構成は次のとおりです。

1.中国少数民族の世界Ⅰ
2.風景・静物他
3.中国少数民族の世界Ⅱ
4.人物・肖像画Ⅰ
5.人物・肖像画Ⅱ

 

第1章では、展覧会チラシの表紙にもなっている《井戸》とそのエスキース(習作)が比較展示されていました。エスキースでは、目に映った風景がそのまま描かれているようですが、そこから余計なものが省かれたり、構図が工夫されたりしている様子がよくわかります。他にも、《牛を引っ張る》に関しても、エスキースと比較展示されていました。

 

中国少数民族を描いた《苗族の少女》という作品は、透明感溢れる少女の横顔と、年を重ねるごとに装飾が増えていくという衣装の融合が見事です。《ラブラン寺の僧侶たち》の原画は縦3.5m×横8mという油彩の大作で、本展覧会ではシルクスクリーンが展示されていましたが、チベットの僧侶たちを描いたその写実性には驚くばかりです。

 

第2章では、動物画や風景画、建物などが描かれた作品が展示されており、カゼインテンペラを使った独特の作風は、漆喰を思わせるような古風な質感がありました。また風景画では、印象派の画家たちが描いた場所を訪れて描いていました。

 

第3章では、1987年に制作された初期の作品も展示されていました。特に《帰途》では、暗緑色の空と暗い大地を歩く二人の人物と犬が描かれていますが、背景の中央部分と服の一部、犬の白色が非常に効果的で、とても印象的でした。

 

第4章は、人物を描いた作品を中心に展示されていましたが、圧巻でした。《ヌード》という作品は2種類ありましたが、2008年の作品は写真かと思わせる写実性が特徴です。そして、2013年の作品では、背景に実のなった木や肖像画の枠組みのようなものが描きこまれており、独特の世界観が展開しています。

 

さらに、若い女性を描いた《白いカーディガン》《青い林檎》という作品では、長い黒髪をしたスタイルの良い女性が魅力的に描かれています。特に《青い林檎》では、背景に海や肖像画的な枠組みが描きこまれており、単なる写実絵画ではありません。

 

小磯良平展で入選した《海からのメッセージ》も魅力的な作品で、シュールレアリスム的な雰囲気を持った作品になっています。この作品は、植野記念美術館の所蔵作品でもあります。

 

第5章は人物を描いた比較的小さな作品が展示されています。《読書》や《バレリーナ》で描かれている女性も魅力的で、李暁剛が彼女に出会ったときの感動からこれらの作品が生まれたといいます。

 

李暁剛という方は、写実的な表現手法を取りながらも、目に見えたありのままの姿を描くのではなく、その作品の中にさまざまな感情や印象、幻想を取り入れています。だからこそ、作品自体に奥深い魅力が漂っているのでしょう。

2019年10月14日|ブログのカテゴリー:2019年投稿, 展覧会レビュー